(フロントランナー)宮川将人さん(41) 朝日新聞2020年4月18日朝刊 1面より

「イノシシから希望の星が育つ」   

 

  地域と畑は自分たちで守る! それが合言葉だ。熊本県で若手農家約130人の仲間と共に、イノシシを主とする獣害に立ち向かっている。

  ハンターと言っても、猟銃を持ち野山を狩るのではない。箱わなを置き、人を脅かすイノシシを捕獲する守りの戦法。耕作放棄された果樹の伐採や農作物の放棄防止など、イノシシのエサを出さず、里に来させない環境づくりにも努力する。

 「災害から地域を守る消防団のような、自衛の活動です」 自身は同県宇城市三角町でランを育てる花農家3代目で、イノシシ被害とは無縁だった。

 だが4年前、収穫直前のデコポンをひと晩でイノシシに食い尽くされた地元農家のおばちゃんの話を聞いた。「もう、農業やめようて思うとたい……」。恐ろしくて畑にも行きたくないと。イノシシと人の接触事故も起きていた。
このまま何もしなければ、離農、集落の崩壊につながるかもしれない。いてもたってもいられず農家が立ち上がろうと声を上げた。

 年商3億円のうち3分の2はインターネットショップの売り上げ。ITに明るく、「サイバー農家」と名乗る。活動にも情報通信技術を積極的に導入。

 中学の同級生でプロジェクトリーダーの稲葉達也さん(41)と共に、農作業と両立できるよう効率化した。 置いたわなは地元の三角町だけで約200台。通信機を付け、イノシシがかかったら携帯電話に通知する。通信機能付きのセンサーカメラも設置して周辺の状況を把握。

 楽天技術研究所の協力でAIでイノシシだけを判別して画像を送るシステムも開発した。データを蓄積し、対策の効果を検証する。わなやIoT機器の購入費用は、メンバーが育てた農産物セットを返礼品にクラウドファンディングで集めた。
 
 活動に協力する楽天の眞々部貴之・サステナビリティ部シニアマネージャー(37)は「高い目標を掲げ、行動力は抜群。出会った人が共感し一緒にやりたくなる魅力がある」と話す。

 昨年、ビジネスベースの新しい活動を始めた。稲葉さんと株式会社「イノP」を設立。
解体加工施設「ジビエファーム」を建設した。捕獲したイノシシを食肉加工するほか、飼料、堆肥(たいひ)などにフル活用しようと試みる。「農家ハンター2・0、ここからが面白くなります」。

 鳥獣被害を受けている自治体と契約して相談に乗り、農家ハンターのノウハウを広める構想も練る。

 ゴールはイノシシ退治ではない。地域を元気にすることだ。
活動を通じ、メンバーの若手農家が周囲から頼りにされる地域の希望の星となる。名前の「☆」にそんな思いを込めている。
                  
(文・大村美香 写真・迫和義)
朝日新聞 be フロントランナー 1面より

――全国で鳥獣被害が深刻になる中、ユニークな取り組みで注目されます。
 最初から完成形があったわけではありません。人任せにはできない、何とかしなくてはと農家仲間に呼びかけ合宿し話し合ったのが、2016年の4月10日。熊本地震の4日前でした。そこから走りながら考え続けて、今に至ります。

――明るくポジティブな活気があります。
 ピンチはチャンスです。イノシシ対策に立ち上がることで地域にプラスの循環が始まりました。農家といっても、品目や経営規模が違うと共通の話題に乏しい。ですが、イノシシのことなら世代を問わず盛り上がり、しかも暗くならない。これは発見でした。イノシシのおかげでコミュニケーションが活性化する。略してイノコミです。 ■イノコミで連携

――メンバーは若手農家に限っています。
地域の担い手を作る目的から、20~40代の農業者で組織しています。親元で就農しているこの世代は親の指示で働き、自分の裁量がなく、やりがいを感じにくい。給与がなくて必要な時だけ小遣い、という家もあります。でも親ができない獣害対策に取り組めば、周りから頼られ、地域で役立っているという自信が得られる。これもイノコミです。イノシシを捕獲すれば行政から報奨金が出て、副収入にもなります。

――被害は減りました?
 三角では手応えがあります。ムラの中をイノシシが走らなくなり、「出た」という通報がなくなってきました。

――小学校への出前授業や高校、大学とのコラボレーションも。
 まだこの問題を知らない人は多い。伝えることが大事です。県内の高校生とはジビエ商品開発プロジェクトに取り組み、イノシシの骨と肉を使ったイノシシラーメンなどができました。

――自前の解体処理施設とは、大変な挑戦です。
 この3年で捕獲する仕組みを作ってきました。猟師や研究者に学び一から勉強して、イノコミの力で行政、JA、大学、企業とも連携しています。おかげで捕獲頭数は年間千頭に達しましたが、ほとんど土に埋めるしかなかった。胸がかきむしられるようでした。

 イノシシがミカンなどの農作物の味を知り、里に出没するようになったのはもともと人間のせいです。やむを得ないとは言え、人間の都合で今度は命を奪う。 ならば全てを生かしたい。ジビエとして食肉にできるのは一部です。他の部分はペットフードや堆肥(たいひ)などにし、皮はなめして革製品を作り、命を無駄にしないモデルを目指します。 補助金に頼らない持続的なサイクルにするには、ビジネスの力が必要です。
 資本金100万円でイノPを作り建設のため4100万円を借り入れました。本業の花ではこんな借金したことはないのに(笑)。



■先義後利が大切
――売れますか?
 どこのわなでいつとったイノシシか、トレーサビリティーがしっかりしているのが我々の強み。ジビエ肉の引き合いは強い。あとほかに商品として買ってもらえる、農家ハンターならではのものをどれだけ作り出せるか。全国に我々の活動を見ていてくれる人がいて、手をさしのべてくれます。トップで走り続ければ時代が追いつき、ビジネスチャンスはついてくる。

――本業との両立は? コチョウランなど300種の洋ランを栽培、販売する有限会社です。
 従業員が30人います。当初は周りに止められました。でもひたすら活動を続け仲間も増え、最近は父も「突き抜けるしかなかろう」と言ってくれます。 ――なぜそこまで。 ネットショップの売り上げが急拡大し、過労で心臓の具合が悪くなって倒れたことがあります。12年、2人目の子どもが妻のおなかにいる時でした。幸いAEDで命は取り留めましたが、ベッドで自分に問いかけました。今日が人生の最後の日だとしてもお金を手にしたいか? 自分は何を残せるのだろうかと。


「先義後利」の大切さに気づきました。先に社会や人の役に立つことをしていれば、いつか自分に返ってくる。後から利益はついてくるとの先人の教えです。


――国連のサイトで世界におけるSDGs(持続可能な開発目標)の優良事例として紹介されました。
 SDGsは我々にとって重要な指針です。持続可能な農村社会のため、獣害から地域を守り、農業をずっと続けられるようにし、地域の担い手を育てる。 僕は国連で我々のモデルをプレゼンすることを目指しています。将来、同じように獣害に悩む途上国へ仲間が専門家として向かい、支援できるようになるまで成長する。国際的に活躍するその姿を見た僕たちの息子や娘は、きっと農業を人生の選択肢に入れるでしょう。僕らは次の未来をつくっているんです。


プロフィ―ル
★1978年熊本県宇城市生まれ。県立熊本農業高校を卒業し、東京農業大学に入学。在学中はバックパッカーとして13カ国を1人で旅した。
★2001年に大学を卒業し、オランダ、米国で研修。その後実家の宮川洋蘭(ようらん)に入社。
★07年、結婚を機に妻の水木さんを店長にネットショップを開く。2年間は売れず、長男誕生の当日始めた「幸せのおすそわけセール」がヒット、転機に。楽天市場のベストショップを選ぶ「楽天・ショップ・オブ・ザ・イヤー2017」のCSR(社会貢献)賞を受賞。
★今年、宮川洋蘭の社長に就任。
★家族は両親、妻、1男2女。
★信条は「返事はイエスかハイ」。



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